ピエール・ブレ

Pierre Bouree

http://www.pierre-bouree-fils.com/

ジュヴレ・シャンベルタンの国道74号線の交差点に、きれいに整備された建物があります。大きな扉の両側にはピエール・ブレとヴァレットF&Sそれぞれ別々の表札がかかっています。

若い段階から親しみやすいワインが評価されがちななか、ブレは時代錯誤とも言えるかもしれません。しかしそれは的外れな意見ではないのです。むしろそれは非常に伝統的な彼らのスタイルなのです。

ブレは広大な地下セラーを本拠地のジュヴレに置いていますが、メインのワイナリーはシャンボールに持っています。なぜならドメーヌとして所有する葡萄とネゴシアンとして他の栽培農家から買い入れる葡萄を混ぜ合わせる大がかりなものになるからです。ブレの地下セラーが、各ヴィンテージにつき最高500バレルまで収納できる広さがあるのも頷けます。

ブレの旧姓はディジョンとシャロンの弁護士一家でした。1864年に共同経営者としてトーマス・デ・パレーの資産を購入し、ピエール・ブレは設立されました。デ・パレーはすでにボーヌとジュヴレに畑を持っていました。そのうちのひとつが、1800年代の後半に購入したクロ・ド・ラ・ジャスティスで、現在の国道74号線付近にあります。彼らのふたつの畑は注目に値します。2haのクロ・ド・ラ・ジャスティスは国道74号線の東に位置する広大な区画ラ・ジャスティスの内側にあり、壁に囲まれた単独所有(モノポール)になります。この頃はジュヴレの名を入れずに『クロ・ド・ラ・ジャスティス』の名前だけのラベルでした。(AOCが制定されて以降は村名ジュヴレ・シャンベルタン)。同様に注目されるのはジュヴレ・シャンベルタン1級のレ・シャンポーです。ジュヴレの最北端に位置し、小石が多く、他のジュヴレ1級畑と比べて若干冷涼です。彼らのふたつの畑は窪地にあり、完全に高さ2メートルの石垣に囲まれています。これにより、微気候(ミクロクリマ)が葡萄畑に保たれるのです。唯一の短所としては、この区画に機械が搬入できないことでしょう。

ピエールの息子ベルナールの代になり、クロ・ド・ラ・ジャスティスの名声は確固たるものになりました。彼の甥、70代になろうかと思われるルイは現在、一線を退いていますが、訪問者に対して快く畑を案内し、ワインの哲学を披露する素晴らしいホストとして健在しています。彼らは商業目的のために、例えばビオ、リュット・レゾネその他は彼らが今まで必要に応じて行ってきたことをラベルを使いません。彼らは常に過剰を嫌い、非常に短く選定を行うことで初期段階から収穫量を制限していくのです。除草剤は用いません。買い付けたものも含め、葡萄は選果台で選別された後、除梗せずに発酵槽に入れられます。何日間か浸漬させた後、ポンピングオーヴァーではなく人力でのピジャージュ(櫂入れ)を行います。温度調節はせずに発酵させ、10~20%程度の最低限の新樽を用います。そして場合により澱引きを行い、2年ほど樽の中で寝かせます。そして濾過はせずに瓶詰めします。

プレの主な顧客はイギリス、カナダ、日本とアメリカです。8つのアペラシオンから毎年30~40種類のワインが造られます。

ブレ社は1864年創立の小さなネゴシアンで、ジュヴレ=シャンベルタンの目抜き通り(国道74号線)に面して構えている。現在の年間生産量は1万~2万ケースで、多いほうではない(例によって収穫の規模に応じて変動する)。長年、故ピエール・ブレの甥であるヴァレ氏が品質本位の経営をしている。ワインづくりは昔ながらの方法である。すなわち、除梗をせず、18~24日間ときわめて仕込みを長くする。高温で発酵させ(34℃、ときに38℃)、なるべく澱引き回数をへらし(たいてい2回のみ)、濾過は決してせずに樽からじかに瓶詰する。新樽はめったに使わず(とはいえ最近の訪問のさい、88年のシャンベルタンには新樽が用いられていた)、オークの旧樽に最低24~30ヶ月寝かせる。ネゴシアン業務がこの大半をしめて、よい年には上記のワインをつくるわけだが、ブレ社は自己所有畑として、石垣に囲まれたクロ・ド・ラ・ジュスティスという2.5haの畑をもつ。国道74号線の東側にあって、アペラシオンこそジュヴレ=シャンベルタンにすぎないが、少なくとも1級並みのワインを頻繁に生む。また特級シャルム=シャンベルタン1.2haと、ボーヌ・レ・ゼプノット0.2haをも所有。そのほかのワインはいずれも(果汁でなく)ぶどうから買い上げて、ヴァレ氏のいう「うちの伝統的なやり方」で自社のセラー内でつくられる。
ここのワインは優秀どころかずば抜けていることが多く、色素、エキス分、タンニンがたっぷりある。秀作年のものは絶頂に達するには通常7~8年かかり、ワインが軽めの年でも驚くほど頑丈で堅固なものとなる。ヴァレ氏は1970年来経営者の任にあるが、ブルゴーニュ生産者の多くが「現代技術の犠牲」となり、瓶詰を急ぎすぎると考えている。氏の言うとおり、今は誰もが「いちはやく現金化」したがっているのだ。ところでブレのトップ・ワインでは、前述のクロ・ド・ラ・ジュスティスが一貫して優秀または秀逸だが、コート・ド・ニュイの1級、特級のほとんども毎年秀作となる。ブレの作で知られざる2大スターは、ボーヌ・レ・ゼプノットとサントネ・レ・グラヴィエールである(ちなみに最大の買い手は英国で、アメリカこれに次ぐ)。ブレのワインは、いずれも非常によく熟成する。
『飛鳥出版 ブルゴーニュ』より抜粋