ミシェル・グロ ブルゴーニュ・オート・コート・ド・ニュイ ルージュ

Michel Gros Bourgogne Hautes Cotes de Nuits Rouge

ミシェル・グロ ブルゴーニュ・オート・コート・ド・ニュイ ルージュ

オート・コート(丘の上方)のぶどう畑もやはり、1885~1900年にかけてフランス全土を襲ったフィロクセラ禍によって善めるした。コート(丘の中腹から麓にかけて)はその後直ぐに植えかえられたが、オート・コートは1970年代になるまで復活しなかった。私の父、ジャン・グロはこのワインを復活させた先駆者の一人である。

私たちの畑はアルスナン村にある。この村はムザン川の渓谷の奥にあり、ニュイ・サン・ジョルジュから西に7km言ったところである。畑は南東向きの斜面にあって、標高は360~420mである。つまりコートの畑に比べて約100m高い。この標高差によって、収穫は約8日間遅くなる。

ぶどうの木は、各々の列の間に2.6mの幅をとって植えられている。棚の高さは1.8mに設定している。この方法だと、等高線のカーブに沿わせて、列毎に小さな段状にすることができる。各列の間には芝生を植え、剪定はコルドン・ピラテラル(T字形)式を採用している。

表土と下層土は3つの地層を含んでおり、標高がここより100m低いコート・ド・ボーヌのアロース・コルトンに見られる地層と全く同じ構成となっている。つまりこの事から、このワインが力強く男性的な特徴をもっていて、長熟性に非常に富むということが理解できる。

ミシェル・グロ

オーナーのミッシェル・グロは、1975年にボーヌ市の葡萄栽培学校を卒業し、父ジャンと一緒に働き始め、1979年から父の葡萄園の一部のブルゴーニュ・オート・コート・ド・ニュイ2haを自分で造り始めた。そしてフィロキセラのため耕作しなくなったオート・コートの土地に葡萄の樹を植えることによってドメーヌを拡張していった。(1972年にクロ・ヴージョ一区画を購入。1990年にヴォーヌ・ロマネ一区画を購入。1993年、1996年にシャンボール・ミュジニー数区画を購入。1995年にモレ・サン・ドニのラ・リュー・ド・ヴェルジー一区画を購入。)1995年の葡萄収穫の後、ジャン・グロは引退してドメーヌを三人の子供に分配し、1995年まで自分のドメーヌを経営しながら父のドメーヌを管理してきたミシェルは、単一畑のル・クロ・デ・レア、ヴォーヌ・ロマネの一級畑、ニュイ・サンジョルジュの2区画、ヴォーヌ・ロマネの2区画とACブルゴーニュの一区画を相続。収穫は全て手摘みで行い、その場で選別。除梗して温度管理しながら発酵させる。発酵の前半は一日二回ルモンタージュ、後半はピジャージュを行う。熟成は各キュヴェにより異なり、新樽比率は村名で30~40%、プルミエ・クリュで50~80%、グラン・クリュでは100%。