ベルンハルト フーバー マルターディンガー ビーネンベルク ヴァイサー ブルグンダー H トロッケン

Weingut Bernhard Huber Malterdinger Bienenberg Weisser Burgunder H Trocken

インポーター、ヘレンベルガー・ホーフが特別に借り受けた畑から醸された極上辛口ワイン。

ベルンハルト フーバー

フランスとスイスとの国境線沿いに位置し、ドイツで最も温暖な地、バーデン地方。そこで今、最も注目を集めているのがフーバー醸造所です。
ベルンハルト・フーバー氏が研修生だったころ、13世紀の古文書に出会い、そこで故郷マルターディンゲン村がかつてピノ・ノワールの一大名産地だったことを知ります。1987年、当時加盟していた協同組合を脱却、醸造所を立ち上げ、まさにゼロからのスタートをきりました。当時安価な甘口ワインばかり造っていた世間の冷たい風にさらされながら、ピノ・ノワールの栽培に命をかけ続け、次第にその名は世界に轟き、たった20年ほどでドイツで最も権威のあるワインガイド「ゴーミヨ」にて2008年度最優秀醸造家賞を受賞、さらに2011年度は他を寄せ付けず、赤ワイン賞3冠に輝きました。
残念ながら、2014年6月、55歳の若さで永眠されたベルンハルト氏。今はその熱き魂を受け継いだ息子であり新当主のユリアン氏によって素晴らしいワインが生み出され続けています。

フーバー醸造所の歴史は、フーバー氏と13世紀の1冊の古文書との出会いから始まります。文献によると、ライン河を渡りゲルマンの地に布教に来たフランスのシトー派の僧侶が、マルターディンゲン村にピノ・ノワールを持ち込んだことが記載されていたのです。ピノ・ノワールがこの地に根付き、村名を取って「マルターディンガー」と呼ばれ、海外への輸出品として活躍していたそうです(今日でもワイン辞典に「マルターディンガー」は記載されています)。700年前、フランスの僧侶にピノ・ノワール種の栽培の地として選ばれたマルターディンゲン村。その最大の要因は、彼らの故郷であるブルゴーニュ地方に風土や土壌が酷似していたことです。土壌は貝殻石灰岩の風化土壌。太古の昔、海であったこの地は、少し掘り起こすと独特の色合いの土壌が露出し、赤ワインに欠かせない複雑味をもたらすといわれています。

ドイツのワイン法よりも格段に厳しい独自の品質基準と、厳しい規定を持ち、フーバー醸造所含め、ドイツ国内で約200のワイナリーが加盟する「ドイツ高級ワイン生産者連盟(=VDP)」。VDPは現在、フランス・ブルゴーニュ地方の格付けと同じように、畑ごとの味わいに重きを置いた、4つのカテゴリーを作っており、フーバー醸造所もそちらに準じた格付けを採用しています。